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コラム 第10回(2009.06.09

 

定款の英訳について(2)

 

2章「株式」に移る。主な条文をピックアップして訳していくことにしたい。

 

[和文]

 

6条(発行可能株式総数)

当会社の発行可能株式総数は、150,750千株とする。

 

「株式」の章の最初は発行可能株式総数に関する規定だ。いわゆる授権資本のことだが、これにはthe total number of shares authorized to be issued by the Companyという訳語が定着している。ただ、筆者の知り合いのアメリカ人によると、これではissued by the Company なのかauthorized…by the Companyなのかが曖昧になるのであまり推奨できないとのことである。

 

では、そうした曖昧さを回避するためにはどうすればよいか。答えは、the total number of shares the Company is authorized to issueだそうである。なるほどとは思うが、ほとんどの翻訳者がthe total number of shares authorized to be issued by the Companyのほうを採用している中で、唯ひとり敢然と別の表現を用いるのは勇気がいる。処世術として、私も一般に流通しているほうを採用している。軟弱だという評価は甘んじて受けたい。

 

なお、株数はスペルアウトしたものとアラビア数字を併記するのが普通だ。

 

[英訳]

 

Article 6 (Total Number of Shares Authorized to be Issued)

The total number of shares authorized to be issued by the Company shall be one hundred fifty million seven hundred fifty thousand (150,750,000).

 

次は「株券の発行」。

 

[和文]

 

7条(株券の発行)

当会社は、株式に係る株券を発行する。

 

この条文は、いわゆる「決済合理化法」の施行で株式の電子化が実施されたことに伴い、最近になって削除した会社が多いはずだ。今後はまず訳す機会のない条文である。

 

例によって、「〜に係る」という特殊な日本語が使用されているが、この場合はrepresentingを使用してThe Company shall issue share certificates representing its shares.とするのがよい。このrepresentingは「〜を表象する」「〜を表す」ということだろう。こういうちょっとした単語の選び方が意外と大事である。ちなみに株式の電子化の訳語としてはdematerializationが定着しつつある。

 

[英訳]

 

Article 7 (Issuance of Share Certificates)

The Company shall issue share certificates representing its shares.

 

さて、株券を発行していた時には、単元未満株式には株券を発行しない旨が規定されていたはずだが、今回の株式の電子化により株券そのものがなくなってしまったので、定款の中からこの条項を削除した会社が多い。

 

次は、その単元未満株式に関する売渡し請求の条項を見ておこう。

 

[和文]

 

8条(単元未満株式の売渡請求)

当会社の単元未満株式を有する株主は、株式取扱規則に定めるところにより、その単元未満株式の数と併せて単元株式数となる数の株式を売り渡すことを請求することができる。

 

単元株式単元未満株式にはいろいろな英訳があるようだが、ここではそれぞれshares constituting one unit (of stock)shares less than one unit (of stock)を使用しておく。これで意味は十分通じると思う。取引単位ということでtrading unitという表現を使っている会社もある。

 

株式取扱規程Share Handling Regulations株式取扱規則に定めるところによりは「株式取扱規則の規定に従って」ということだから、in accordance with the provisions of the Share Handling Regulationsでよい。

 

その単元未満株式の数と併せて単元株式数となる数の株式を売り渡すことを請求することができるは舌を噛みそうな回りくどい表現だが、といって他に適当な表現も思い浮かばない。意味するところは、仮に単元株式が100株で、自分が所有しているのが70株であれば、会社に対して30株を売るよう要求できる、ということだ。買う権利があるならis entitled to purchaseとするのが妥当だが、単に請求できるということであればmay requestがいいだろう。いささか長いが、A shareholder who holds shares less than one unit may request the Company to sell to him/her the number of shares which will, when added together with the shares less than one unit, constitute one unit of stock.がほぼ原文に忠実な訳文ということになる。最後のところは、bring his/her total shareholdings to one unit of stockでもよいだろう。試訳ではこちらを使用しておく。

 

[英訳]

 

Article 8 (Request for Sale of Shares Less Than One Unit)

A shareholder who holds shares less than one unit may, in accordance with the provisions of the Share Handling Regulations, request the Company to sell to him/her the number of shares which, when added together with the shares he/she currently holds, will bring his/her total shareholdings to one unit of stock.

 

次は「基準日」だ。

 

第9条(基準日)

当会社は、毎年3月31日の最終の株主名簿に記載又は記録された議決権を有する株主をもって、その事業年度に関する定時株主総会において権利を行使することができる株主とする。

 

ここでいう基準日とは、株主総会において議決権を有する株主を定める際の基準となる日のこと。配当金を受け取る株主を定める場合などにも使用する。身近な例では、「定額給付金」の際にも用いられていた(定額給付金の基準日は平成2121日。この時点で何歳であったかで給付の金額が違ってくることがあるわけだ)。英語ではrecord dateという。base dateではないので注意を要する。議決権voting rights。実際に賛否の票を投じる場合はvoteという。

 

毎年3月31日の最終の株主名簿に記載又は記録された議決権を有する株主は、そのまま直訳してshareholders with voting rights whose names are listed or recorded in the last register of shareholders as of March 31 of each year でよい。

 

その事業年度に関する定時株主総会において権利を行使することができる株主とするの「・・・とする」は「・・・とみなす」と同義なのでdeemを使用する。権利を行使することができる株主は、entitleという言葉を使ってshareholders entitled to exercise their rightsと訳す。

 

ところで、この基準日の条項を「当会社における定時株主総会の議決権の基準日は、毎年331日とする。」のような文章にしている会社がある。書き手も読み手も基準日の意味を理解しているという前提での表現だが、実に簡潔であり、英語に訳すのも簡単でよいが、あまり普及していないのはなぜだろうか。

 

[英訳]

 

Article 9 (Record Date)

Shareholders with voting rights whose names are listed or recorded in the last register of shareholders as of March 31 of each year shall be deemed by the Company to be shareholders entitled to exercise their rights at the ordinary general meeting of shareholders to be held with respect to such business year.

 

さて、第2章の締めくくりの項目として「株式取扱規程」を取り上げておく。

 

[和文]

 

10条(株式取扱規程)

当会社の株式に関する取扱は、法令またはこの定款に定めるもののほか、取締役会の定める株式取扱規定による。

 

株式取扱規程は、すでに述べた通りShare Handling Regulationsでよい。当会社の株式に関する取扱は株式取扱規定によるの部分は、動詞governを用いて The handling of the shares of the Company shall be governed by the Share Handling Regulations.とする。契約書の中によく出てくる「準拠法」をgoverning lawと訳すのと同じ意味合いである。繰り返しになるが、こうしたちょっとした単語の選び方が大切である。The handling of the shares of the Company shall be in accordance with…という訳文をたまに見かけるが、筆者にはあまりピンとこない。

 

法令またはこの定款に定めるもののほかは、字義通りにin addition to laws and these Articles of Incorporationのように訳すことが多いようだ。たとえばThe handling of the shares of the Company shall be governed by the Share Handling Regulations established by the Board of Directors of the Company, in addition to the provisions of relevant laws and these Articles of Incorporation. といった訳文になる。これでも問題はないのだろうが、筆者はいつも多少の違和感を覚える。「法令またはこの定款に定めるもののほか」というのは「法令またはこの定款で別の定めをしていない限りは」という意味に思えるからだ。そのため、筆者が訳す場合は、試訳のような英文になる。except as unlessにすることもある。

 

[英訳]

 

Article 9 (Share Handling Regulations)

The handling of the shares of the Company shall be governed by the Share Handling Regulations established by the Board of Directors of the Company, except as otherwise provided for in relevant laws and regulations or in these Articles of Incorporation.

 

さて、駆け足で定款のさわりの部分を訳してみた。全部を解説したい気持ちは変わらないし、また続きを書く機会があるかもしれないが、さしあたりは商売上の理由によりここまでとしたい。

 

免責:本コラムの中の英訳はあくまで参考目的に記載しています。読者がこの英訳を実務に転用、流用などして被った被害に関して著者は一切責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

 

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