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コラム 第3回(2008.10.22)
秘密保持契約書の英訳について(1)
これまでのコラムでは業界事情のようなことを中心に述べてきたが、これから数回にわたっては翻訳そのものについて記してみたい。といっても抽象的な理屈を並べたてようというわけではなく、実務でよく目にする日本語の契約書を英語に翻訳するための基本的なトレーニングをしようというものである。
翻訳の専門家を対象にしたものではなく、ビジネスの現場で、とりあえず意味が通じる程度に英訳したいというかたを想定しているので、すでに実務に精通しているかたには物足りない内容であるはずだ。その点をあらかじめお断りしておく。また、あくまで当座の用をたすためのものであり、交渉の場で利用するような本格的な訳文を作りたいという場合には専門家に依頼することをお進めする。
さて「実務によく登場する契約書」のトップバッターとして、まず「秘密保持契約書」を取り上げる。ビジネスの上で何らかの取引をする際に、最初に出くわす可能性が高いものだからである。
簡潔な秘密保持契約書は、おおよそ以下のような条文からなりたっている。
@契約の目的
A秘密情報の定義
B秘密保持義務
C秘密情報の返還・廃棄
D損害賠償
E契約期間
F準拠法
G協議
このうち、秘密保持契約書の中核をなす条文はAからCまでで、それ以外の条文は他のいろいろな契約書にも登場する。特にDからGはいわゆるボイラープレート(定型的な条文)だ。
さて、個々の条文に入る前に、契約書の表題と前文を訳しておくことにしよう。
[和文]
秘密保持契約書
____に主たる事業所を有する株式会社AAA(以下、「甲」という。)と、____に主たる事業所を有する株式会社BBB(以下、「乙」という。)とは、甲乙間でおこなわれることになる取引(以下、「本件取引」という。)のために甲、乙が相互に開示する秘密情報の取り扱いに関し、次のとおり秘密保持契約(以下、「本契約」という。)を締結する。
秘密保持契約は直訳するとSecret Keeping AgreementやSecrecy Holding Agreementとなるが、実際にはそうは訳さない。Confidentiality Agreement とか Non Disclosure Agreementといった、英語での決まり切った表現があるからだ。このように、契約書の翻訳では、日本語の文言を字義通り訳すのではなく、日本語に対応する英語表現を借りてくる場合が多い。
これは英借文という手法で、昔『英語が強くなる本』というベストセラーで世に知られた岩田一男という人の造語らしい(さらに古く、ドイツ語学者の関口存男という人が「独借文」ということを提唱していたという説もある)。字面をそのまま翻訳するよりも、類似の英文を探し出してきてちょこっといじったほうが英文として意味がよく通じるということと思われる(逆に言えばヘタに翻訳すると全然意味が通じなくなるということでもある)。これは契約書を翻訳する上で非常に重要なポイントなので、よく記憶にとどめておいていただきたい。
なお、契約書の表題や条文の見出しでは、名詞の最初の文字を大文字で書くのが普通なので、Confidentiality Agreementというようにそれぞれ大文字表記する。
さて、表題の下に書いてある文章(本文の前にあるという意味で前文という)はきわめて定型的だ。誰と誰が、何に関して契約を結ぶかを明らかにする部分である。この登場人物、即ち契約主体のことを当事者(party)という。
AとBは、〜に関し、本秘密保持契約を締結するはA and B make and enter into
this Confidentiality Agreement with respect to …と訳すのが決まりのようなもの。make and enter into
は単にenter intoでもよい。
「〜に関して」や「〜に関する」、あるいは「〜に係る」は契約書に実によく出てくる言葉だが、英語のほうもたくさんあって、with respect toの他にwith regard to、in regard to、in relation to、related to、in connection with、pertaining to、concerning、regardingなど、みなこの類の言葉だ。これらの表現にどういう違いがあるのか筆者は知らないし、厳密な使い分けなどむろんできるわけもないが、何となく好みようなものはあって、使う表現はいつも同じだ。ちなみに、「〜に係る」という日本語を自分で使うことはないが、「整備する」と同様、役所などの文書ではよく目にする。(いわゆる「整備文」については、イアン・アーシー氏の著作を参照されたい)
話を戻して、(以下、「〜」という)は(hereinafter referred to as
" ")と訳す。(以下、「本契約」という)であれば(hereinafter referred to as
the "Agreement")だ。hereinafter referred to
asを省略して単に(" ")でもよい。以下、〜というの〜にあたる言葉(基本的に名詞)は定義語と呼ばれ、やはり最初の1文字を大文字表記する。「この言葉は、この契約書の中ではこのように定義されていますよ」ということを示しており、同じ言葉でも全部小文字の場合とでは扱いが異なる。日本語では、初出時のみカッコでくくったり、本〜とか本件〜と書くことが多い。
__に主たる事業所を有するもよく出る表現でhaving its principal place of
business at____と訳すのが一般的。
次の通り(締結する)は、いちどカンマ(,)で区切ってからas follows.と続ける。何やら英語を書き慣れているような感じでカッコいい。ときどきas followings と書いてあるのを見かけるが、これは間違いだろう。
最後に試訳を記す。
[英訳]
Confidentiality
Agreement
AAA Co., Ltd. (hereinafter
referred to as "AAA"), having its principal place of business at_______, and BBB
Co., Ltd. (hereinafter referred to as "BBB"), having its principal place of
business at_______, make and enter into this Confidentiality Agreement
(hereinafter referred to as the "Agreement") with respect to the handling of
confidential information disclosed by either party to the other party in
connection with the transaction to be conducted between AAA and BBB (hereinafter
referred to as the "Transaction"), as
follows.
免責:本コラムの中の英訳はあくまで参考目的に記載しています。読者がこの英訳を実務に転用、流用などして被った被害に関して著者は一切責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。 |
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